其の114 新年の挨拶


「ええと、今年は一九九九年ということもありまして、何でもノストラダムスの予言によると恐怖の大王が降ってくるとのことです。ええ、たしかそうです。七月でしたでしょうか。うちの課の棚田君に聞いたところ七月というのは実際なくて、七のつくときだとのことだそうです。ええ、そうみたいです。そういえば彼は年末に退職しましたが、年賀状がわたしのところに届いていまして、現在家の庭に核シェルターを建設中だということです。年賀状の裏が元気そうに地面を掘っている棚田君の写真でして、ひと言『七月までには完成しそうです』とありました。なんだかんだ言って七月というのを結構信じちゃってるんですね。そんなことはどうでもいいのですが、七月というとあと半年くらいですか。ま、わたしのような中年なら兎も角、若い諸君にとってはこの予言が当るかどうか気になるところでしょうが、しかし君達も社会人なのだからそんな当るかどうかも解らない予言なんぞ気にせず、しっかりと仕事をしてください。あ、まだ言ってませんでしたね。新年明けましておめでとうございます。ええと、取り敢えず他に言うこともありませんので、以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「えーと、実はわたしの母がこの正月心筋梗塞で亡くなりまして、通夜だ葬式だと何かと慌ただしい正月となってしまったのですが、仕事始めの今日やっと色々な雑事から開放されたというところでしょうか。思えば母というのも不幸な人でして幼い頃より叔父や叔母の世話に追われ、そして夜は夜で呑んだくれの祖父の世話をし、既に亡くなっていた祖母の代りに家事一切を取り仕切り、成人してからは祖父の飲み代を稼ぐ為あまり人には言えないような仕事にも手を染めたようです。そして父と結婚してからもこれまた働かない父の世話をしながらわたしを含めた八人の子供をしっかり育て上げ、つい最近でしょうか、ゆっくりとした生活が出来るようになったのは。ず、ずう、え、そうなんです。やっとこれからなんです。何の苦労もすることなく人生を楽しむことができるようになるのは。えぐえぐ、そう思って、そう思ってわたしたち兄弟で金を出しあったんです。ぐす、ぐすす、母が昔から行きたがっていたジンバブエへの旅行をプレゼントしようと思ったんです。えぐえぐ、折角だから内緒にして、兄弟がみんな集まるときに言おうと思ってたんです。驚かせようと思って。こ、こんな、こんなことになるのならもっと早くにジンバブエに行かせてやりたかった。せめてわたしたちが旅行をプレゼントすることだけでも教えてやりたかった。ぐすすす、えぐえぐえぐ、こんなことならベネズエラへ行く前にジンバブエに行かせてやりたかった。えぐぐぐぐぐ、ごめんよ、母さん。ぐすぐす、ええと、以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「今年は兎年ということで、皆さんからいただいた年賀状にも様々な兎のイラストが描いてありました。皆さん色々工夫してありましてなかなか楽しめました。坂本君でしたでしょうか、裏にバニーガールの写真があったのは。あれはちょっと困りましたね。女房に見つかって一瞬冷や汗をかきました。それといくらバニーガールの写真を使いたいからって奥さんにあんな格好をさせるのはどうかとも思うのですが。しかし奥さんて昔経理にいた鳥山君でしたね。かなり太っていましたので驚きました。それはまあいいのですが、皆さんの年賀状のイラストを見ていましたら、昔中学生の頃兎を飼っていたことを思い出しました。名前はピョン吉といいます。ピョン吉は耳が兎の割に小さくてそれがかえって可愛かったのですが、あるとき隣の家で飼っていた犬のジョンに噛み殺されました。それ以来兎は飼うまいと心に誓いました。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「おせち料理にも飽きてきた頃でしょうか。おせちもいいけどカレーもね、という格言もあるように正月明けのカレーはまた絶品でございます。あのとろりとしたルー。上にあつあつのカツなんて乗せたりするとまた格別でございます。実はわたしは正月から既に一日一回はカレーを食しております。いつ食べても飽きませんね。カレーがあれば他の食べ物なんていりません。いりませんとも。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「うんとねえ、まりちゃんねえ、お正月にはねえ、お雑煮とねえ、おせち料理とねえ、ええとええと、たくさん美味しいもの食べちゃったのお。でね、でね。ちょっと太ったかなあ。明日久しぶりに彼と会うんだけど、なんていうのかなあ、姫始めっていうの、きゃ、そういうことになると思うんだけど、お腹の辺りが気になりまあすう。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「先程社員百人に聞いたところ正月三日で食べたおもちの数は平均八.三個ということが判りました。ちなみに一番たくさん食べたのは人事課の日下さんで百二十三個です。一日平均四十一個ということになります。そしておもちの調理方法ですが、 三十二パーセントが磯辺焼き、二十四パーセントがお雑煮、十六パーセントがきなこもち、その他が二十八パーセントということです。その他の中にはうどんに入れるなどポピュラーなものもありましたが、ヒゲダンスごっこと称してお互い口にフォークを咥えまして投げあうという、もはや調理方法とは言えないようなものもありました。ちなみにその人は総務課の岡田さんです。あとわたしくの実家の雑煮には白味噌を使っています。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせてもらいます」
「もう一言いわせてください。えぐえぐ、母さん、母さん、ごめんよ、苦労ばかりかけてごめんよ。学生の頃小遣いをせびってごめん、こんなことになるのならもっと親孝行すればよかった、えぐえぐ、以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「ち、ち、ちょっと正月もちを食べ過ぎたのか、お腹が痛いので早退いたします。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「田所くん! 社長に年賀状を出すのはいいが、鉛筆書きはまずいよ。社長に叱られたじゃないか。小学生じゃないんだから。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「みなさああん、わたしはあ、ひどい人間だと思いますうう。小学生の頃でしたあ。親友の奥村くんは貧乏だったのですが、 わたしとは仲がよかったんですう。あるとき教室で給食費がなくなるという事件がありましたあ。そのとき真っ先に疑われたのが奥村くんでしたあ。そのときわたしは親友の奥村くんがみんなから責められているのに何も言えませんでしたあ。親友なら彼のことを信じてあげるべきでしたあ。それなのにわたしはあ、それなのにわたしはあ、それなのにわたしはあ、以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「宇宙は膨張してるんです。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「すいません。追加情報です。先程の岡田さんですが、鏡餅を割ってそのままヒゲダンスごっこに使ったらしく眼鏡が壊れたそうです。餅でヒゲダンスごっこは難しいとのことです。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「蛙の肛門にストローを突っ込んでお腹を膨らますのは楽しいよね。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「お腹がすきました。今日は社員食堂でAランチを食べようと思います。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「そのとき絶対してはいけないのはストローですからついつい吸っ てしまうことです。これだけはいけません。何だか気持ち悪いものが口に入ってきます。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」
「今日は社員食堂の方は休みです。以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます」

 以上をもちまして新年の挨拶にかえさせていただきます。


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